小倉簡易裁判所 昭和40年(ろ)149号 判決 1965年7月01日
被告人 竹村慎之介
昭二・三・一〇生 会社員
主文
被告人は無罪。
理由
本件公訴事実の要旨は、被告人は第二種原動機付自転車の運転の業務に従事しているものであるが、昭和三九年七月一二日午後一時三〇分ごろ、後部荷台に次男保美の同乗している前記自転車を運転して、北九州市八幡区上津役大原団地入口三叉路付近路上を時速三五キロメートルで北進し、右三叉路で右折するにあたり、右後方の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、たゞバツクミラーに車輛も見えなかつたことに安心して漫然時速一二、三キロメートルに減速し右折した過失により、たまたま右側を進行して来た能美道徳運転、坂口三千年同乗の第二種原動機付自転車に自車を衝突させ、よつて前記保美、能美、坂口三名を負傷せしめたものであるというにある。
しかし、道路交通法第三四条第二項によれば、車輛が右折するときは、予めできる限り、道路の中央に寄り、かつ徐行すべき旨が定められているのみで、後方の状況を確認すべき義務が定められているわけではなく、昭和三九年六月法律第九一号によつて改正された同法第二六条第二項には、進路を変更した場合、後続車との追突を避けるべき旨規定されたことによつて見るも、右折する場合運転者の常識として自車の直後に追従する車輛の有無を確認すべきことが要求されたに止まると解せられる。何となれば、後車は右折の合図をして中央に出る前車の進行を妨げてはならない義務を有するが、前者が右折の合図をした直後中央に出るため右に寄つたとすれば、これに膚接して進行していた車輛との追突の危険を免れ難いから、かゝる進路変換に当つては少くとも自車の直近の車輛の有無については、前車も予めこれを確認すべき義務を負うのであるが、これを超えてさらに後方、すなわち前車の合図があつてから、その避譲に着手しても充分可能と考えられる距離にある後車の有無を確認すべきことは問題とならない。
本件についてこれを見るに、能美道徳の司法巡査に対する供述調書、司法巡査桜谷健太郎作成の実況見分調書を総合すると、被告人が右折の合図をして後方を確認した当時、被告人の直後に車輛が進行していた形跡はなく、ただ能美運転の自転車が約三六メートルの後方にあつたことが認められ、しかも右のような距離は右折する前車を避譲するためには充分にして余りあるものであることが明らかである。従つて、被告人が当時能美運転の自転車を発見し得なかつたことをもつて責められるべき過失があつたということはできない。
右能美、坂口、被告人の司法巡査に対する各供述調書ならびに前記実況見分調書の記載を総合すれば、被告人は交叉点の約三〇メートル手前で右折の合図をなし、道路中央に出て徐行していることが明らかであつて(この点に関する被告人の検察官に対する供述調書の記載はにわかに措信できない。)、まさに法規の命ずるところに従つた運転をなしているのであり、責むべき過失は全く認められないのに反し、右能美は、運転者としての第一義務である前方注視義務を怠つて前車の右折の合図を看過し、制限速度を超えて車輛を運転し、あまつさえ右交叉点で前車を追越そうとしたのであつて、法令を無視し危険極まる運転を敢えてしており、本件事故の原因は専ら同人の右車輛運転に存すると認められる。
要するに、被告人は当法廷において注意義務を含めて公訴事実全部を自白してはいるが、被告人には責むべき注意義務違反の点が認められない以上、被告人に対しては犯罪の証明が存しないことに帰するから、刑訴法第三三六条後段により無罪の言渡をなすべきである。
(裁判官 富山修)